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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)11号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨並びに審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明に係る昭和六二年九月二六日付手続補正書、全文訂正明細書)、二(本願発明の願書添附の図面)(以下、これを総称して「本願明細書」という。)によれば、本願発明はレーザ等に用いられるⅢ―Ⅴ族間化合物半導体ヘテロ接合に関するものであること、従来のヘテロ接合レーザにおいては、主発光領域とクラツド層(これが本願発明の「主発光領域以外の」領域に相当することは当事者間に争いがない。)の双方を直接遷移型半導体で構成するのが通常で、このような構造の装置においては、接合面における直接遷移吸収による発熱損失が避けられないばかりか主発光領域へのキヤリアの注入効率も十分に高くできない欠点があつたこと、本願発明は、このような従来技術の欠点を克服し、高い発光効率を有する半導体ヘテロ接合を提供することを目的として、前記本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであり、その特徴は、要するに、主発光領域の発光効率を高めるための手段として、<1>キヤリアの再結合確率が小さい等の間接遷移型半導体の性質を主発光領域へのキヤリアの注入効率向上に利用するため、直接遷移型半導体からなる主発光領域以外の領域(以下「クラツド層」ともいう。)の少なくとも一方を間接遷移型半導体とした点、<2>ヘテロ接合の境界面の格子定数に差があると、境界面に生ずる転位のためにキヤリアの注入効率が低下したり、境界面での発熱による損失が大きくなり、そのこと自体が主発光領域の発光効率の低下を招くばかりか、右<1>の構成のメリツトが生かされなくなるため、ヘテロ接合の境界面の格子定数を精密に一致させるようにした点、<3>以上<1>、<2>の構成に適合する具体的な組合せとして(イ) GaAsとIn1-xAlxP、(ロ) GaAsとAlxInyGa1-x-yP、(ハ) AlAsとInxGa1-xPからなる組合せを選択した点に存することが認められる。

三 取消事由に対する判断

原告主張の取消事由のうち、取消事由(1)は前記認定に係る本願発明の特徴<2>、<3>に関するものであるが、格子定数の整合性が主要な論点とされている点で取消事由(3)と関連し、したがつて取消事由(3)の検討に際し合せてこれを判断するのが便宜であるので、取消事由(1)の当否は暫く措き、まず、取消事由(2)について判断する。

1(一) 本願発明と第一引用例記載の発明との相違点(1)、すなわちⅢ―Ⅴ族間化合物半導体ヘテロ結合に関する発明である第一引用例に主発光領域以外の少なくとも一つを間接遷移型半導体とすることについて記載がないこと、第二引用例に、GaAS-AlxGa1-xAsダブルヘテロ接合注入レーザにおいて、活性層(これが主発光領域であることが技術常識であることは当事者間に争いがない。)となる層1をGaAsにより構成し、クラツド層となる層2、3をAlxGa1-xAs(X=0.2~0.4)なる混晶により構成することが記載されていること、第三引用例(特に第2図とそれに関連する説明)に、AlxGa1-xAsの混晶について、X<省略>0.34のとき直接遷移型から間接遷移型への変化が起きること、すなわちX=0~0.34のものは直接遷移型であり、X>0.34のものは間接遷移型の半導体であることが開示されていることは当事者間に争いがない(ただし、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)及び第五号証(第三引用例)によれば、第二及び第三引用例の数値はいずれも「ニアリ」として示されているものであることが認められる。)。

(二) また、前掲甲第四号証によれば、第二引用例は、非常に低い電流しきい値を持ち室温又はそれ以上の温度で連続動作するGaAS-AlxGa1-xAsダブルヘテロ接合レーザの特性等に関する詳細な研究論文であつて、その中には、前記当事者間に争いのない記載(訳文五頁下から一五行ないし四行)のほか、該レーザにおいては、ヘテロ接合部の反射係数及びエネルギーギヤツプの段差が大きく活性層に光とキヤリアを十分閉じ込められるため電流しきい値が低下したものと考えられること等の記載がなされているものの、AlxGa1-xAsのXの値としてX<省略>0.2~0.4を採用した技術的理由又は根拠に関しては何らの記載もないことが認められ、前掲甲第五号証によれば、第三引用例は、第二引用例と同じGaAS-AlxGa1-xAsダブルヘテロ接合レーザの特性に関し、直接遷移型を形成するAl組成の範囲内で研究した論文であつて、その中に、前記当事者間に争いのない事実(第2図及び訳文三頁下から四行ないし二行)が記載されていることが認められる。

(三) しかして、前記当事者間に争いのない第二引用例のクラツド層を形成するAlxGa1-xAsのXの値(Alの組成)及び第三引用例に示されたAlxGa1-xAsが直接遷移型から間接遷移型ヘの変移を示すAlの組成値(Ⅹ)からすれば、一見、第二引用例には、そのクラツド層を間接遷移型半導体で形成する点が示されているようにみえることは審決指摘のとおりである。しかしながら、右に従えば、第二引用例のクラツド層が間接遷移型となるのは、0.2~0.4の数値範囲のうち、0.34~0.4の僅か0.06の数値範囲であるということになるところ、前掲甲第五号証によれば、第三引用例において示された直接遷移型から間接遷移型ヘの変移点のAl組成値X<省略>0.34は、第2図及びその脚註並びに本文中の「値はMeadとSpotzerのAlAs禁制帯のデータから見積もられ……」(訳文三頁下から二行ないし一行)との記載からして、原告が主張するように、実測値ではなく、既知のGaAs、AlAsの禁制帯幅(bandgapenergy)から理論的に予測した数値であることは明らかであり、また、その数値自体「ニアリイコール」の形で示されているのであるから、当時その数値がどの範囲で精度が保障されたものとして一般に考えられていたのか同引用例の記載のみによつては明らかでないといわざるを得ないのみならず、前記のとおり、第二及び第三引用例は、いずれもGaAS-AlxGa1-xAsダブルヘテロ接合レーザの特性に関する研究論文ではあるけれども、前掲甲第四及び第五号証によれば、論文の発表者も発表時期も異なり、当然ながら、その実験目的や条件にも固有のものがあることが認められることを考慮すれば、審決におけるように、第二及び第三引用例に記載された前記各数値の形式的な比較のみで第二引用例にもクラツド層を間接遷移型とする点の示唆があるものと断ずることは到底できない。そして、第二引用例には、AlxGa1-xAsのXの値としてX<省略>0.2~0.4を採用した技術的理由又は根拠に関して何らの記載もないことは前記(二)において認定したとおりである以上、この点に関する審決の認定判断は誤りであるといわざるを得ない。

(四) のみならず、仮に、第二引用例からクラツド層が間接遷移型になる場合があることを読み取り得るとしても、そのことから直ちにこの点に関する本願発明の構成が容易に推考し得たものとすることもできない。けだし、前記(二)に認定したところに徴すれば、本願発明のこの点に関する構成は、従前の直接遷移型半導体のみからなるヘテロ接合を用いる装置の欠点を解消し、主発光領域の発光効率を高めるための一手段として、キヤリアの再結合確率が小さい等の間接遷移型半導体の性質を主発光領域へのキヤリアの注入効率向上に利用するためクラツド層を間接遷移型半導体とし、他方でそのメリツトを減殺しない程度にヘテロ接合面の格子定数を精密に一致させることをその技術思想とするものであるということができるところ、前記のとおり、第二引用例にはそのAlxGa1-xAsのAl組成をX<省略>0.2~0.4の数値範囲にした技術的理由又は根拠について何らの記載もなしていない以上、たとい、その組成範囲の一部に間接遷移型になり得る場合があるとしても、そのことのみから直ちに右のような本願発明と同様の技術思想が第二引用例にも示唆されているということはできないことは明らかであるからである。更に、前記二認定のとおり、本願明細書には、従来は主発光領域及びクラツド層の双方を直接遷移型半導体とするのが通常であつた旨の記載があり、また、前掲甲第五号証によれば、第三引用例はダブルヘテロ接合レーザの特性を意識的に直接遷移型を形成するAl組成範囲内に限つて研究したもの(なお、同引用例中に挙げられた(AlGa)Asレーザに関する先行研究例も直接禁制帯遷移をもつ混晶の範囲におけるものである。)と認められることに照らすと、かえつて本願出願前は、この種ヘテロ接合を形成する半導体として、主発光領域及びクラツド層を区別することなく間接遷移型を避けるとの考え方が支配的であつたことが窺われることを考慮すれば、なお更そうであるといわざるを得ない(なお、この点は取消事由(1)及び(3)にも関わるところであるが、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)ないし第六号証を通覧しても、これらの書証中にクラツド層を間接遷移型半導体にした構成との関連で格子定数の整合度を問題にする点の記載又は示唆がないことは明らかである。)。

(五) そうであれば、本願発明と第一引用例記載のものとの相違点(1)に対する審決の認定判断は誤りというほかないから、原告主張の取消事由(2)は理由がある。

2 そして、右の点の認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告主張のその余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取り消されるべきである。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

(イ) GaAs-In1-xAlxP

(ロ) GaAS-AlxInyGa1-x-yP

(ハ) AlAs-InxGa1-xP

上記組み合せにおいて、主発光領域以外の少なくとも一つを間接遷移型半導体とし、混晶の組成比を制御することにより、それぞれの結晶中に存在する不純物による格子定数の変化をも含めて、他の領域の格子定数に精密に一致させることにより、境界面での発熱による損失を低下させたことを特徴とするⅢ―Ⅴ族間化合物半導体ヘテロ接合。

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